2018年12月22日土曜日

全速で嫌なことから逃げる癖

いやー、また全速力で嫌なことから逃げてました。。。
何から逃げていたって?
「ドイツ語」です!!!
ほんっとに、ドイツ語が嫌い。
というか、威張って、ドイツ語が嫌い!と言えるほど、ドイツ語の「勉強」してません。

何が嫌って、「勉強」って、はっきり言ってほんっとにめんどくさいです!
特に語学って、ゴールがあってないような果てしないもの。
それは日本語を勉強してる人たちにも、言ってることだったけど、その前に自分でした。。。

目に見える効果は、ずっと先だしね。
何ためのドイツ語か?その自分の目的すら、見ようとしなかったでした。
教員採用試験まで死ぬほど勉強してきて、もうこれで私の人生の勉強(いわゆるガリ勉)は終わったーーー。
と思ったら、大間違い。
死ぬまで勉強!とはこのことです。
勉強に終わりなんてないのです。
勉強の辛さや大変さが身にしみてわかるから、もう本当に「ドイツ語」に真剣になりたくなかった。
ドイツでやり遂げたいことがある!私なのに。。。
私には、嫌なことがあると全速力でそこから逃げようとする悪い癖がある。
これじゃ、ダメだ。
自分を叱るとかしないんだよね。
怠けたい自分と一緒にグダグダする。
それも意外と苦しいことも分かってきた。

仲間と話して、何のためのドイツ語か?って、もう一度考えたら、逃げずにやろうって、素直に思えたよ。
そして、さきほど、静かにドイツ語勉強を再開しましたとさ。
意外と自分が思うより、集中できたし、前よりも少し、問題が分かりました。
思い込みって怖いです。
私、実は勉強が好きなタイプなのに、
絶対にやりたくない!嫌いだし!だってめんどくさいもん!!
って全速力で逃げてる自分に超腹が立ってイライラの毎日だったのは、このことからでした。

今日はよく寝れそうだ。
Gute Nacht!  Schlaf Schön.
Bis Morgen.

2018年12月1日土曜日

燃えろ!いい女!!

みなさん、こんにちは!
私は相変わらず、色々な自分の問題点が見え、ばやき→反省→改善→またまた問題点発見→ぼやき→反省→改善の繰り返しの日々でございます。
でもコレいいね。
ぼやきで終わっちゃダメだ!!!

さて、突然ですが、
みなさんの好きなタイプってどういう人ですか?
異性として、というより、人として考えた時にどんな人が思い浮かびますか?

私の場合、すぐに浮かぶ答えはいつも
「熱い!!!」人!!!

例えば、
何と言っても
松岡修造氏。
熱すぎる熱狂中継レポート、大好きでした。
この前そんな話を私の日本語クラスの生徒さんのお母さんにお話ししたら、
「そうそう、あの方は雨をも、晴れに変えてしまうほどの熱い方だって、聞きましたよ!」
ですって。
それを聞いてますます、ステキ!!!その通常の不可能を変える熱さ!!!と思ったのでした。

そして金八先生!!!
涙なしには見れないあの熱い講義!!!
何回、テレビを前に号泣したかわかりません。

最後は教師びんびん物語のトシちゃん先生!!!
あのドラマもかなりハマりました。
すみません。かなりの昭和ネタですね。。。

そう考えていくうちに、「好きなタイプの人」って、自分がそうありたい!人のような気がしてきて、自分も思い切り、熱い教師になることを許すことにしました!
男らしいと言われても、熱すぎてうざいと思われても、この「熱さ」で人を勇気付けたり、やる気にさせたり、何かが変わるきっかけになれたら、ホントに嬉しい!!!

今更ですが、熱い教師でいきます!!!
そう思ったら、浮かんだ歌がコレ⇩



縁あって、私が出会えた全ての皆さんに、いい意味での影響を与える教師になる!と2019年を間近に決意しました。
いつか「まぶしすぎる オマエとの出会い!」なんて言われたら、もう最高ですね!
毎日毎日、一日一日、自分の命を燃やして、突き進もう!!!
燃えるって、自分の情熱と可能性を全部出し切って、人の役に立つように、真剣に本気で考え抜いて、行動に変えていくことだと思うから。

おかげで今、私はようやく「カンガエル和の学校」のオリジナル新カリキュラムの完成に向けて、メラメラと燃えていますよーーー!!!
さあ、今日も一つ一つ熱く考えるわ!!!


2018年11月7日水曜日

優等生の心の闇

今日はもう一つ、自分の心の闇に気がつきました。。。

どうしてもある人に対して、(心の底から)自分が優しい気持ちで接することができない。
むしろ、不幸であってほしいと願う悪魔の自分がいる。
。。。恐ろしい、こんなに悪いことを思ってしまう自分。。。

なぜ、そこまでその人のことをそう思ってしまうのか?
何日も色々と考え抜いた結果、
自分の中に、自分が常に一番すごい存在でありたい!と思うとても強烈で強い欲望があることに気がつきました。
周りの人が幸せになっていったら、困るんです。
自分が一番でなくなるじゃないですか。
1番じゃないと、誰よりもすごくないと、自分の価値がなくなる。
そんな危険で、わけのわからない思い込みを持っていることも分かりました。
マジでこっわーーーー。
人の成長を願い、導く、教師が、これって、どうなんでしょう?
もうマジでごめんなさい。


そんなに必死で、1番になること(人よりすごくなること)を目指して、一体なんの意味があるのか?
で???の世界ですよね。
しかも、これも人からの評価だしね。
そしてそこからのいっときの優越感。
そしてそこからの言いようの無いさみしい虚しさ。
そして、さらに
人なんてどうでもいい、自分さえできればいい。
自分だけよければいい。
というとても苦しい悪循環へ。

そもそも勉強することって、人よりもっともっとできるようになるために使う道具なんかじゃないはずなのに、私の学生時代はまさに人と比べてすごい!と言ってもらえる、そのための道具にしてしまっていた。。。
テストの結果が人よりよかったら、大好きな親や先生、周りの友達が私のことを「すごいねーー」って褒めてくれる。
1番になったら、大好きな親や先生、それにもっとたくさんの人が「私」の価値を認めてくれる。
優等生路線で突っ走ったあの当時の苦しさと切なさと虚しさが、私の中でまた蘇り、今その時の自分と一緒に泣きました。


そもそも人の価値って、そんなもので図れるものじゃないよ。
私は今、生きてる!ってことで、すごい価値のあることなのに。。。
もっと、周りの人のこと考えよう。
もっと、自分の中のとても幼い自分を育てよう。

ちなみに、私が得意だったことは勉強ではなく、暗記力だったんですね。。。
考えることを一切してきませんでしたから。。。

だからこそ、
今から、一つ一つかんがえるわ!






2018年11月6日火曜日

どう思われるか から どう考えるか へ

先日、人生初のハロウィンパーティに友達と一緒に行ってきました。

そんなこんなで、楽しみに出かけようとして行ったら、
たまたま友に
「ハロウィンパーティなんだから、ハロウィンメイクしていかんきゃ!」
と言われまして。。。
もちろん、速攻返答。
「えー、いやだよーー」
と私。
またまた違う友に、
「私、ハロウィンメイクできるよーー」
「えーーー、いいてーーーー」
と即返答、私。

このやりとりを何回か繰り返した後、
ハイ、私、結局ですね、口裂け女のメイクをしてもらいまして、その顔で電車に乗り、パーティ会場まで行ってきました。
あれだけ、否定してたんだけど、こういうこと、結構大好きだったみたいで、本当に楽しかったです!!!
やって見ないと分からないねーーー。
食わず嫌いも、もったいないです。
そんな私を見抜いていた友たちよ!ありがとう!!!

行きは、もうこの顔(息子も怖がって見れないほどの立派なメイクの私(^^))をどう人が見るかで、落ち着かず、ドキドキしっぱなしだったんだけど、帰りの電車ではもう無駄に隠すことも忘れ、そのまま堂々と帰ってきました。

この一件で、自分が思う以上に、人目をすっごく気にする自分がいることが分かったの。
どう人に思われているか。
どう人が自分を見ているか。
その評価のために、動く自分。。。

例えば、〇〇さんに好かれたいから、嫌われたくないから、こう動こう。とか
〇〇さんにすごい!って言われたいから、無意識に本気で思っていないようなことを言ってみたり。。。とか。
いつの間にかに、なんか苦しいなあと感じる自分がいるときは要注意。
小さな嘘が重なると、それがいつしか重くなって、息苦しくなるから、そんな時こそ、自分の嘘を見破らないといけないです!
無意識に。。。なんて、もってのほかです!

しかも、よーく考えて見ると、実際のところ、人がどう見ているかなんて、その人にいちいち聞いて確かめなくっちゃ、分からないよね。。。
案外、自分の思うように人は思っていないのかもしれない。。。
それこそ、無駄な妄想・思い込みです。

そこで考えました。
そんな不確かな思い込みを基準に動くって、馬鹿らしい。
人にどう思われるか。ではなく、自分はどう考えるか。
と、考え方を変えることを考えました。
常に。
意識して。

自分がどう考えるか。なら明確です。
(でも、これが意外ととても難しいのよ、私には。。。)

さあ、今日も考えるわ!
どう人に思われるか。ではなく、どう自分が考えるか。を。

2018年10月20日土曜日

おシャレな日本語

こんばんわんこソバ!

日本語教師になって、日本語という言語を客観的に観察した時、面白いことをいくつか発見しました。

その中の1つに、シャレ!
そうです!私の大好きな親父ギャグの定番、ダジャレですよーーー。

例えば、
布団がふっとんだー!



とかね。


あの屋根、やーねー!



とかね。

同じ音で遊べるところ。
ホントにおしゃれだなって思うのです。

シャレからおシャレに学ぶ日本語講座とか、つくっちゃおうかしら。。。笑

閃いちゃったので、唐突だけど、ここで 得意の"謎かけ"いくわよ!

誰でも持っているのに忘れてしまっている(使っていない)人がほとんど・・・
とかけて
志村けん
と、とく。
その心は?


答え、分かりました???
さあ、分かるまで、一生懸命考えるわ!よ。^^
私はそれをピュアに使う人になるために、明日も一生懸命考えるわ!

2018年10月19日金曜日

ベルリンの小学校



ジャ、ジャーン!


この写真、息子が小学校で初めて書いた(描いた)記念すべき、連絡帳でございます。笑

さあ、この絵は一体なんでしょう?

息子に聞いたら、金曜日に学校に持ってくるものだそうで。
実は、明日は子どもたちと先生で朝ごはんを作って食べるイベントがあって、その時の持ち物だったのでした。。。


息子の小学校は、いろいろと日本の学校と違いすぎて、ホントに面白いです!

その中のほんのいくつかが、これ ↓

・学校は8時から8時10分の間に行く。
8時前に行ってもみんな校舎の前で待っています。
戸も閉まっているから。
外で朝から元気いっぱいにサッカーしてる子もたくさん
もちろん、登校班はありません。
息子は毎朝、今は親と一緒に行ってます。

・毎朝、6年生が交代で交差点に立って、安全誘導してくれてます。日本では、職員や親がしていたのを思い出して、子供ができるんだって!って驚いちゃいました。


・教科書とかは、まだ一度も持って帰ってきたことないので、毎日の息子の荷物で一番重たいのは、水筒と弁当。
お弁当は朝ごはん用です。
2時間目のあと、9時45分から10時5分の休み時間に食べます。
息子は食べるのが遅いから、すぐ時間になっちゃう!って言ってました。
全部食べれなくても、時間になれば、終わりです。
全部食べることが、ここでの大事なことではないからです。

・「紙」より、Eメールで、学校からのいろいろな連絡、相談、案内がきます。


そんなこんなで、明日は健康的な朝食をみんなで作って食べよう!ということなのです。
今日は近くのスーパーに買い物に行ったんだそうです。

息子は今日、自分の連絡帳のイラストを見て、私に解説しながら、一緒に持ち物を準備しましたよ。
私も明日、ボランティアで、朝食作りのお手伝いに行くのです。
超楽しみだよ〜

1年生の子どもたちが、ナイフを使って、野菜や果物を切るなんて、私が担任だったら恐ろしくて、とてもできないって思いそう。
それくらい大変でも、子どものための授業を企画してくれてた先生を尊敬します。
実は文字を書くことや計算することと同じくらい、いやそれ以上かもしれない。
それくらい大事な学習だから。

この先生、この前4日間、学校をお休みしたんです。理由はお子さんが骨折したからその間、世話をしたいって。その事情とか私のドイツ語力でも、思いが伝わって理解できたよ。その先生は、家族や家庭をとても大事にしているって伝わった。そこも尊敬できるし、信頼できる。


これは私の考えなんだけど、
こちらの学校は、子どもを子ども扱いしてないと思うんだ。子どもでも、きちんと一人の人間として扱っている。
なんて表現したらいいのかな。。。
人として、信じてる。本当の意味で大事にしている。尊重していると言えばいいのか。
だから、人が人として自立することがきちんと教育の目的になっていて(単なるお題目ではなく)、そのように動いている。



連絡帳のことからしても、今の子どもたちに大事なことは、きちんと文字を書くことではなく、何を伝えるか?ということ。
連絡手段にしても、見栄えのいい、きれいなお便りを作ることより、人間味溢れる文章(Eメール)で伝えるということ
その「行動」を見れば、何を大事にしているかは、明らかだ。

日本の教師時代、あれだけの時間を費やし、全ての勢力を注いで、子どものためと思って全力で働いてきたのに、実は形だけを追求していたのか?。。。と思うと、本当に悔しいというか、情けないというか、申し訳ないというか、言葉にならない思い。。。でもこれは必ず還元する!と決めています。

肝心なのは、表面じゃない。形じゃない。肩書きじゃない。見た目にだまされちゃ、ダメだ。
肝心なのは、中身(中味)だよ!

さあ、明日の朝食、いい味出せるよう、
がんばって考えるわ

2018年10月12日金曜日

誰のための授業をしているのか?


昨日はVHS(市民のための夜間講座とで言えばいいのかな?)での、初心者向けの日本語コースの日。
前回の授業、失敗しました。。。
ダメだったです。。。
全員のレベルに合わせて、最後まで授業を進めなかった。
何よりダメだったのは、自分が優先したことが、生徒さんの分かる!分からない!の状況ではなく、自分の「ここまで進めたい!」という自分のための決断で授業を進めてしまったことでした。
これはダメです!「ここまで」進めたところで、生徒さんが分かっていなかったら、生徒さんの気持ちがついて来ていなかったら、教師のただの自己満で終わってしまいます。。。そうね、生徒のためかと思いきや、私のための授業になっちゃう。



授業を進めながら、彼女が私の説明が理解できていないことは、表情から分かっていました。

他の生徒さんが分かっていく中で、どんどん彼女の表情が曇って来て、私もこれはまずいぞ。と思ったので、なるべく彼女と一緒に課題をやったんだけど、本気で彼女に寄り添えなかった。そういう私の気持ちも彼女に伝わったんだろうな、当然。ほんとにダメでした。

そして彼女は、授業が終わった後、さよならも言えずに、さっと消えるように帰ってしまいました。

あー、次回は、もうここには来ないかもしれないな。。。
頼む!!!次回の授業も絶対来てくれーーー!!!
リベンジさせてーーー!!!

そして、今回私は大量の絵カードを用意し、進め方の作戦は、繰り返し戦法で、万全を期して授業に向かいました。。。そして、全員の生徒に寄り添う!と決めました。


するとその彼女、欠席するどころか、一番先に教室に現れ、2週間の間に練習した「ひらがな」の文字を添削してほしいと言って来てくれたのです。

マジでうれしい!!!
この人すごいな。
次は私の番だわよーーー!!
授業は、繰り返しの大量絵カード・グループ作戦で、今回は最後まで、やる気モチベーションをつなげて、授業を終えることができました。何より、今、生徒さんどうかな?っていつも、今、相手を感じたいと思った135分だったと思います。
これだったら、自分で自分に「頑張った!」と言える。
彼女、昨日は「さよなら!」と笑顔で帰って行きました。

彼女は、今のクラスで1番年配の方です。多分50代後半くらいなんじゃないかな。ほんとに、かわいらしいおばちゃんです。初回の授業の時に「日本がとても好き。日本の文字が美しいと思うから、ここで勉強できてうれしい。」って目を輝かせて話してくれた人。


歳だから。。。とか、関係ないよね。

幾つになっても学びたいピュアな気持ちと、やる!という意志だよね。
それにね、彼女が一番よく質問してくる!
自主勉をしてくるくらいだもの、いつも積極的なんだよね。
今、わからなくて、できなくても、逃げないで、努力することができる人。
強い人だなぁって思ったよ。

話は変わって。。。

私が3年前、初めてドイツ語の語学学校に通った時、ドイツ語が全く分からないのに、ドイツ語で授業を受けるので、ほんっとに今何を言ってるのか、先生は今名前を呼んでるのか?質問してるのか?教科書を読んでるのか?さえ分からず、本当に切ない、苦しい気持ちを経験したので、あの時の自分と前回のおばちゃんの悲しい表情とが重なってしまって、だから彼女がもう来ないんじゃないか。。。って思ってしまったわけなのです。

私は毎日、学校には通ったけど、彼女みたいに強くなかった

ドイツ語できないよ。。。話せないよ。。。で無意味に悩んで、「さあどうするか?」と考えることしなかったよ。。。
私も今からまたドイツ語がんばろ!
もっと生徒さんたちといろんな話ができるようになりたいものな。
もっと詳しく説明できるようにも、なりたいもん。

さあ、まとめよう!

「授業」は私のためのものではありません。生徒さんの日本語の力をつけるため。
さあ、そのために、次の授業もまた 考えるわ!

2018年10月5日金曜日

カンガエル話(わ)

実は、昨日のブログを書き上げるのに丸2日、何時間も机に向かって、やっと書き上げました。文章を書く機会が多かったから、人より文章を書くのが得意だと思っていたけど、とんでもない!
考える文章とは、私にとって未知の世界で、だからこそ、とてもとても時間がかかります。。。


私の場合、考えない時の失敗は、だいたい無意識になっています。そして、ほんっとに安易に決断してしまっている。。。それにも気付かないことが多い。。。


例えば、ブログのタイトル。

なんの考えもなしに(今思えば。。。思いつき!と思いきや、無意識の誰かさんのパクリ。。。ヒエー)

「カンガエルのつぶやき」でいいかな?

うん、いいな。
決断するまでに時間にして、1秒くらいかな。。。短か!
なんの考えもなかった。。。ことに仲間の一言で気が付いた。


そこでもう一度、仕切り直しじゃ〜。

カンガエル」という言葉は、私の中の重要課題なので決定。(腑に落ちている、納得済み)
「つぶやき」という言葉が、どーもひっかかっていた。
そこを無視したのがダメだったね。。。
そこで今回は、考えに考え抜いた結果、ピーン!!!
「カンガエル話」と書いて、「カンガエルわ」と読もう!
そう、「考えるわ!」
このダジャレ仕立て!すばらしい!自画自賛!自分の中で超納得!

ということで、初回からまたまた考えなし!で、2回目の投稿で、早速タイトル変更!「カンガエル 話(わ)」となりました。


不思議なもので、考え抜いた結果、産まれたものは、1つ1つの言葉がとても愛おしく思える感じ。。。なんかうれしい。



さあ、明日も考えるわ!


2018年10月3日水曜日

考える

はじめまして。
ベルリンで日本語教師やってます。
ここに来る前は、日本の小学校で15年ほど、「先生」をやってました。

日本の「先生」時代は、毎日のように、保護者への連絡帳、学級だより、色々な文書作成、そして毎学期の通知表、と文章を書く機会は山ほど。

校外に配布される文書は全て、教務主任・教頭・校長とチェックしてもらい、誤字脱字の間違いがないか、文章表現は適切か、指導をもらっていました。
そんな中で、私は自分の感じること、考えることを素直にそのまま表現することをしなくなりました。私の中で一番大事なのは、人がこれを読んでどう思うか? 
私の表現で、人に嫌われたら嫌だ、もちろん人にマイナスの意見なんてもらいたくないし、攻撃されたらどうしよう。とか、とにかく「問題」を起こしたくなかったというか、嫌な思いをしたくなかったのです。
その逆に、人に好かれたいし、人によく思われたいばかり。
だから、自然に無難で普通で、当たり障りのない、味気ない表現ばかりを選んで書いていました。その癖は今も続いています。。。それって、自分の個性がないってことにも繋がってるね。。。

言いたいこと、特にマイナスのことをそのまま、表現したら、ダメ!!!

それはやっぱり、マイナスのことを伝えることで、人間関係に問題を引き起こすことになるという思い込みがあるからだと思うのです。
だって、そのままの自分の嫌のこと言われたり、指摘されたら、やっぱり嫌じゃないですか? マイナスがない=これが全て正しい と思い込んでいる訳ですから。
人との関係の中で嫌なことがあったら、そこで嫌われるとか、それでもう関係が築けなくなってしまうとかっていう思い込みが強いなって。

実際、自分の今までの人間関係もそう。

嫌なことがあると、深くそれを確かめたり、話し合ったり、相手を理解しようともしないで、そこで簡単に人間関係を切っていたから。ほんとに勿体無いことをしてきました。。。
(つい先日も危うく、大切な彼とそうなるところでした。。。そのことはまた後で書きます!)

でも実際、いいことしか言わない関係ってどうでしょう?

いいことしか起こらない関係ってあり得ないでしょう?
楽だけど、なんか嘘くさくないですか?
ハイ、実際に嘘の幻です!

最近まで、いろいろなことを勉強してきて、自分の中でやっと、

本当のこと=真実がわかってきました。
(興味のある方はぜひこちらへ https://www.3hberlin.de

全てのものに、陰と陽がある。ということからもっと、ミクロまで掘り下げていくと、物質の最小単位の原子は原子核のプラスエネルギーと電子のマイナスエネルギーからできている。ということ。

そうなんです! つまりマイナスがなかれば、物質さえつくれない。
なのに、なぜここまでポジティブ(プラスの上にプラス)だけを求めるのか?


もう、不自然やめます。

本当に勘違いしていました。
マイナスとプラスがあるのことが、自然なのです。

教師の仕事があれだけやりがい(プラス)があるのは、あれだけ大変(マイナス)だから。

美味しい(プラス)アイスも毎日食べれば、太ります(マイナス)!


ここでは、本気で本音を伝える!ということを決めました。

そのために、この瞬間瞬間を丁寧に考える!

自分のホームページに「カンガエル和の学校 www.kangaeruwa.de」という名前までつけておいて、自分がこんなにも日々、瞬間瞬間、考え無し!で生きているとは思いもよりませんでした。。。自分を知らないとは痛いです!

考えていないので、当然自分のオリジナルの考えなんて、ありません。
誰かの意見やどこかに書いてあったものを真似して、使っているだけ。
考えることって、大変なことだなんだなって、この歳になって初めて分かりました。

深く考えられることができるのは人間だけなのに、それをしないって、人間としてどーよー!そろそろ人間になろうてー!!と、自分に今、また喝を入れました。

そう、今から、考える!
私はこの「カンガエル のつぶやき」の場で、皆さんのカンガエル と本気の本音でつながりたいのです。
どうぞよろしくお願いします。